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120810溺水では最初に人工呼吸5回

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 この原稿が出る頃は真夏の盛りで、多くの人が水遊びを楽しんでいる頃である。今回は溺水の対応として、雑誌に掲載された総説1)から重要な部分をピックアップしてお送りする。

溺れるのは年少・男児

 溺れそうになった経験がある人は多い。月刊消防でも頃末浩二が小学校での聞き取り調査の報告2)をしている。それによると溺れた経験がある小学生は30%、溺れそうになったものを含めると小学生の半数近くが溺水を経験している。私も海水浴場で足が海底に届かず沈みかけた経験がある。大学生の法医学の実習でモルモットを水没させて解剖したが、その時にはこうやって死ぬところだったんだと背筋が寒くなった。

 日本の死亡統計では溺水は5歳以下の幼児死亡の上位を占める。だが溺水全体を見ると高齢者がほとんどであり、発生場所は年齢を問わずほぼ全例が浴槽である。未成年の溺水は教育の浸透や柵などの環境の整備により年ごとに減少しているのに対して、男性では75歳、女性では80歳を中心に急激に増加している。アメリカでも日本と同じ傾向であり、溺水は5歳から14歳までの不慮の事故による死亡のトップを占め、死亡率は人口10万人あたり3人である。死亡率は国によって異なっており、この論文で例として挙げてあるタイでは2歳児の時点で10万人あたり107人と非常に高い数字になっている。これは川の上に家を建てる文化のためだろう。

 溺水の危険因子としては、男性、14歳以下、飲酒、低所得、低学歴、郊外居住、水辺への曝露、危険な行動、監視者の不在が挙げられており、どれも納得できるものである。

溺水の病態

 昔には海で溺れたのと川で溺れたのは水の浸透圧やイオン濃度が違うので治療法が異なり、予後も異なるとされていた。しかし最近は淡水でも海水でも肺に与えるダメージの程度は全く同じであることから発生場所の区別は行わない。また溺水の種類として「near-drowing(溺水、死にかけること)」「乾性溺水・湿性溺水」「二次性溺水」「能動溺水・受動溺水」「遅発性呼吸障害」などの言葉が使われるが、これらは使う用途や定義が曖昧なため避けた方が良いと筆者ら1)は述べている。

 溺死の死因は当然ながら低酸素である。口や鼻から水が入って来ると最初は息をこらえて水がそれ以上入らないようにする。しかし低酸素による呼吸の要求は非常に強いので呼吸停止を続けることはできず、吸気に伴い水が気道に入り、咳や時には喉頭痙攣を引き起こす。喉頭痙攣では完全な窒息となるため急速に脳虚血を引き起こして失神する。また溺れてる時に手足をばたつかせることも酸素消費量を増やすために意識消失を速める。脈拍は始めは頻脈に、それから徐脈、無脈静電気活動となり心停止になる。これら溺死への過程は夏なら数秒からせいぜい5分程度で完成して死亡するが、低体温や氷の中ではゆっくり進行する。

 冷たい水や氷の中での溺水は長時間沈んでいても助かる可能性があることが知られている。これは、完全な酸欠になる前に低体温で意識が消失して沈むこと、低体温によって体の酸素消費が抑えられ冷蔵庫に長期保存されたような新鮮な状態で沈んでいることによる。10歳未満では2時間水没していたのに完全回復した例が知られている。蘇生を諦めてはいけない。

水に浮いてすぐ5回人工呼吸

 溺れかけた人の大半は自力で脱出するか周りの人に助けられる。溺れかけた人で加療が必要なのは6%、心肺蘇生が必要なのは0.5%に過ぎない。溺れている人を助けるためには特別に訓練された人以外は岸から浮くものを投げるか、棒や枝などを差し伸べて捕まってもらう。

 溺死は呼吸停止によって引き起こされる。そのため人工呼吸が救命の鍵となる。ガイドライン2010では最初に胸骨圧迫を行うが、溺水では最初に人工呼吸、それも連続5回の吹き込みを行う。溺水の場合は肺の隅々まで水に浸かっており、ちょうど風船の空気が完全に抜けたのと同じ状態になっている。風船を膨らませる時に最も力が必要なのが一番最初であるのと同じく、水に浸かった肺に空気をいれるためには人工呼吸を5回、力強く行う必要がある。溺水で呼吸だけ停まっているのなら水上の人工呼吸を数回するだけで呼吸が戻る。

 水上での人工呼吸が不可能なら一刻も早く岸に上げる。胸骨圧迫は有効な胸骨圧迫は水中では不可能なので引き上げるまで行わない。

 蘇生時の体位は仰臥位として水平の場所に寝かせる。海岸なら波打ち際に平行に寝かせることになる。これは頭が高いと胸骨圧迫で血流が頭に行かなくなり、頭が低いと嘔吐しやすいためである。

 蘇生時には高率に嘔吐する。最初の人工呼吸だけで助かった人の65%、心肺蘇生を受けた人の86%は嘔吐をする。嘔吐物が気道に入ると呼吸の妨げになり、また蘇生後にも肺炎を引き起こす。だからといって蘇生開始時に強制的に胃の内容を吐き出すために腹部を圧迫したり頭を低くしたりすることは勧められない。人工呼吸の開始を送らせ、気道への嘔吐物吸引の危険度を高め、死亡率を有意に上昇させるからである。頸椎の損傷があるの溺水者の0.5%未満である。そのため飛び込みや水上スキー、サーフボードなど外力がかかる状況でしかも首や頭に外傷が認められる患者以外は全身を固定する必要はない。

 救助には別の困難もある。岩礁での溺水で引き上げる平地がなかったり、救急車が入れない場所であったりする。しかし、海や川で溺れる人は年齢が若く、心肺蘇生に容易に反応する。また低体温では体の代謝が低下するため長時間水没していても回復する可能性がある。

経験では補えない

 先に書いた通り、若い人の溺水は今はほとんどなくなった。あちこちの消防に聞いてみても、全く何ともないか最初から沈んでいるかで、救急隊が要請される症例は何年も経験していないという。これは逆に言えば経験では補えない症例とも言える。以下のことを覚えておこう。

(1)可能なら引き上げる前に人工呼吸

(2)最初に人工呼吸5回

(3)患者は水平に

(4)全身固定は不要


文献
1)N Eng J Med 2012;366:2102-10
2)月刊消防 2011;33(10)79-84


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12.8.10/6:36 PM